2017年12月26日

労働組合という場を使って、助け合い、疲れた心を回復させましょう。

昨日25日はXmasでした。無宗教の私としては、Xmasをお祝いするのならラマダン明けも花まつりをもっとお祝いしないとね、って思います。ただ、「幸福な王子」とか「若草物語」に出てくるような、自分よりも辛い立場の人に幸せを届けようとする行事がXmasであるのであれば、年末の行事として必要なことだと思います。

労働相談をやっていると、いろんな人が訪れてきます。「助けてください」という声、「やってください」という声、「お願いします」という声から始まって、「組合費を払えばなんでもやってくれるんですよね」と言われることもあります。

たまたま、私たちの組合には専従者が居て、労働相談の担当をしていますが、これは「たまたま」です。労働組合の基本は、お互いに助け合うために力を出し合うことです。互助の精神を持つ団結が基本にあって、交渉権と団体行動権という労働3権を構成しています。基本はお互いがお互いを思い合う、助けある団結なんです。だから、組合に加入するというのは助けてもらうということではなく、助け合い支え合う仲間に入ると思って来てもらいたいのです。仲間だから、助け合えるんです。専従者は労働組合の中では、サポーターですが、仲間であることには変わりは無いので、やはり組合費を支払う組合員です。労働組合の中では、誰かが誰かのために奉仕をするということも有りません。お金を払ってサービスを買うことが当たり前になっている中で、サービスを買うのではなく、助け合うことで労働条件を向上させたり、自分の権利を回復させるという事は、馴染みにくいのかもしれません。

でも、お金を払ってサービスを買う事は、圧倒的にお金をたくさん持っている経営者に有利な事です。労働組合はお金を払ってサービスを買うのではなく、組合員通しの助け合いによって権利を獲得していくところに強さが有ります。そして、お金を払ってサービスを買うことの方が簡単そうに思えるかもしれませんが、それは金の切れ目は縁の切れ目。お金が無くなったりして困った時には、そのサービスは買うことができません。けれども、団結の積み重ねによる人と人との信頼があれば、困ったときに差し出してくれる手があります。

明日も、事業主のパワハラに翻弄されて身も心も疲れ果てて組合を尋ねて、組合員となったAさんの団体交渉があります。その団体交渉に、昨年の今頃、上司のパワハラで休業を余儀無くされてた他の組合員Bさんが参加してくれることになりました。先日開催した個人加入組合員のための会議の忘年会で、緊張の糸がほぐれないAさんに、Bさんが「私も昨年は会社にも行けなくなっていたけど、今は組合の交渉と取り組みでパワハラの謝罪を受けたから大丈夫」と話してくれていました。助けられた人が助ける側に回り、また助けられるという、助け合いの連鎖が続いていく事。このことこそが、労働組合の専従をやっていて良かったと思えることです。

一人で棘を出し続けていても疲れるだけです。おんなじように辛い目にあった仲間と労働組合で巡り合って話をするだけでも一歩前に踏み出せます。辛さを抱えたまま年を越す前に、来年に向けて一歩前に踏み出す準備をしましょう。
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2017年12月13日

ひどい社会になっても労働組合は負けない

とんでもない法律が出来たり、世の中が悪くなっていくときは、法的には灰色状態の劣悪な労働環境が法改悪によってホワイトに脱色されます。

先週の土曜日、12月9日は私たちの労働組合の第6回定期大会でした。今年、2017年は2件の都労委勝利命令があり、2件の都労委和解があり、二つの新組合結成があり、振り返ってみるとなかなか前進できた年でした。組合員も増加し、大会出席者も増えました。昨年と同じ会場で大会を開催しましたが、広さがギリギリになっていて、来年はもう少し大きい会場でやらないとダメかな?なんて、希望的観測です。

労働組合というと、正社員の男性が中心で運営されているという、旧態依然としたところもありますが、私たちの組合はそもそも女性が中心。だから非正規労働者の割合も多い組合です。多摩地域という、東京でも23区内とは異なる生活中心の街での労働組合なのが私たちです。学校、病院、小売店という生活の周辺の職場で働く人たち。23区内に比べて土地代が安いということで車庫や倉庫を必要とする業種で働く人たち。暮らすことと働くことが近くにあることは、田舎ということなのかも知れませんが、とても好ましい事だと私は感じています。けれども暮らすことに近い労働の対価がなぜが安いという、世の中の不思議。多分、正社員の男性中心の労働組合よりも、平均賃金も労働条件もよくありません。ただ、その分、世の中の風を敏感に受け止めることができる労働組合になっています。

今年の大会に来賓でいらした某官公労の方が、「年功序列賃金が廃止されようとしている」と訴えていました。でもそれは、1990年代になろうとした頃に前川レポートが描いた当時の10年後の社会の話。前川レポートが描いた「自由な労働力移動」の世の中は、男女雇用均等法による母性保護の廃止で女性にも長時間労働の途を開き、労働者派遣法でアウトソーシングを進め、少数の正社員と多数の非正規雇用という使い捨て労働力市場を形成することで2000年代頭には完成しています。私はその頃すでに労働者で、労働組合にも加入し、労働争議中でしたが、「働きすぎの男性社会に女性労働力を投げこみ、労働者を雇用身分で分断する動き」が1980年代後半から先行実施されている様を肌身で感じていました。朝5時からの市場での朝売りにスカートで行き定時の17時過ぎまで働くことが、「わが社のキャリアウーマン」という言葉と引き換えに強制され、平社員の正社員でも請負業者を「使う立場」になって偉くなった気持ちになっていたりするのを知っていたからでした。労働者派遣法の施行から33年間。長時間労働で死亡する女性の労災問題が特殊な事件ではなく、正社員は派遣や契約やパートが出来ない仕事をする特殊な人にさせられようとしています。

今年、私たちの組合には、「しあわせ分会」という名前の株式会社キツタカで「請負」業者として働く労働法上の労働者の人たちの分会が出来ました。この分会は、正社員、請負、孫請けで構成されています。そして、ダブルワークをして帰宅途中に倒れてしまった母親の社会保険加入のために組合に加入した高校生がいました。今期は、他にも母親の労働相談に付き添ってきた高校生、フィールドワークで組合に話を聞きにきた高校生もいました。全て私たちからすると自然な流れなのですが、別の某官公庁で働く大会来賓の方から、「ちょっとびっくり」の組合員構成だと言われました。でもこれは、「働き方改革」「働き方革命」が描く未来の入り口です。年収850万円の人が増税され個人事業主が減税されるという事態からも、労働法の保護からこぼれ落ちる働き手を作り出そうとする国の意図がミエミエです。でも、私たち労働組合は「労働法の保護からこぼれ落とされた」ように見える働き手に、本当はこぼれ落ちていない事実を伝えていくことができますし、一緒に闘うことができます。自分は労働組合に入れないんじゃないか?と思っていても、まずは相談してみてください。以外と道が開けるかもしれませんよ。
posted by REI at 00:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記