2017年05月31日

長時間労働と自己責任はどちらも病気の元

 2月から4月末にかけて、私の労働組合のお仕事では、労働委員会の審問続きでした。殊に4月は3回も審問がありましたから1ヶ月は神経が張り詰めていました。まあとっても忙しい日々でもあったので、土日もほとんど仕事でした。
 そんな訳で、5月の連休が明けて、週末に何もない土日があることの開放感と言ったらありませんでした!とっても気が楽な開放感。張り詰めていた緊張の糸がほどけた途端に、風邪菌に取り憑かれてしまい、発熱を繰り返しているうちにもう6月です。でも、この発熱、風邪は、結果として体を休養させることになり、溜め込んだ疲労物質をデトックスすることにもなりました。ただ。もし、土日も休みなしの長時間労働があと1ヶ月、2ヶ月続いたら、と考えると危険だったなあとしみじみ思います。私の仕事の場合、日常的な業務はある程度の自己裁量による労働時間の調整が可能なのですが、審問や書面作成などは全て完成させる期日が定まっていますから、こればかりは自己裁量の幅が少なくなります。体の具合がどうであろうと、作業の進捗状況がどうであろうと期日には間に合わせなければなりません。そういう仕事です。
 裁量権や自己決定権の無い、過重労働がベースに過労死や過労性疾患があることを自分自身の仕事から図らずも検証してしまいました。

 ただ一つ、最近多い心の病のケースとは決定的に違っていることがありました。
 それは、「長時間労働に成るのは自分の仕事が遅いから」「長時間労働をするのは仕事ができない人だから、それを隠すように仕事をしなければ」などという、仕事を自己責任の尺度で測る物差しがないことです。仕事量が多いから長時間労働になっている、長時間労働は自分の責任ではない、とはっきり言い切ることができるのは、心の衛生上ものすごく必要なことです。
 昨今の労働時間規制が、残業時間を短くする、早く帰ることを奨励するだけのことになっているようで、とても気になります。そもそもの仕事量が適正にされなければ、労働者の自己努力だけで労働時間を縮小しようとしたら、単なる能力論になるだけだからです。能力論は、無言の無理を強いる重圧です。できているフリ、能力のあるフリという、嘘を重ねる中で、人は病んでいきます。
 ありのままの事実を恐れずに言える職場であるかないかは、心の健康と職場の改善に不可欠です。それが出来る職場って、きっと、労働組合がある職場じゃないと無理ですよね。労働組合があっても、ありのままの事実をいう人を守ってくれる労働組合じゃないと無理ですよね。
 まかり間違っても、パワーハラスメントがある職場では絶対に無理です。だって、パワーハラスメントがあると、能力があると勘違いしている上司や経営者が、部下や労働者に向かって、「お前が残業なんかするから監督署に睨まれたじゃないか」「残業代泥棒の上に、光熱費の無駄遣いだ」なんて見当違いの罵声も付いてくる訳で、本当は残業のない適正な労働時間管理がされるはずの職場で、心の病という労働災害が発生し、残業時間が少ないから労災が業務外認定なんていう事態にだって発展してしまいそうです。

 ここ数日、心の病の相談が少し続いています。そんな時、その人たちの職場で病気になる前に労働組合があればよかったのに、といつも思います。病気になってしまいそうなうちに、組合に相談にいらしてもらえれば、病気になってからよりももっと沢山の改善に取り組むことができます。事実が言えない、能力の責任にさせられるなんてことがありましたら、病気になる前に、相談してくださいね。
posted by REI at 23:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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